神経発達障害群の全体像

神経発達障害群は神経発達症群とも訳される。
主にADHD,ASD,LD,知的障害、運動障害などが含まれるが、これらはそれぞれ別の障害としてあるのではない。

発達障害は俗に「発達凸凹」と言われるとおり、認知機能(情報処理のプロセス)に偏りがある。
言語理解が優位で視覚による情報処理が弱い人、数的処理は得意でも空間認知の弱い人など様々だが、この凸凹はLD的であると言ってよい。
こうした凸凹によりADHDやASDの特性が現れる。
ADHD,ASD,LDがしばしば同じ人に併発しているように見えるのはこのためである。

余談だが、こうした併発を一部の当事者の間では「ハイブリッド」ということもあるらしいが、これは少々語弊のある表現かもしれない。
便宜上「ADHDとASDの併発」と言うことはあるが、実際は別のものが2つ合わさったのではなく、両者は発達障害の現れ方の違いとして捉えられるからである。

また、知的障害は全般的な知的機能が標準を大幅に下回る状態である。
知的機能の凸凹が定型(健常者)なみであれば知的障害だが、発達障害なみに凸凹があれば、知的障害を伴う発達障害として理解される。

宿題をしない理由

生徒が宿題をしない時、教師としては頭ごなしに叱るのではなく、原因を探る必要があります。
よくある理由をいくつか挙げてみます。

1.宿題のレベルが合っていない。
例えば基本問題を解説し、応用問題を宿題に出した場合。
教師が何も考えずにテキストの順に授業を進めると、時間の関係でこうなってしまうことがあるようです。
これが何度か繰り返されると、生徒は宿題をする気が失せてしまいます。
あるいは集団塾の宿題が生徒のレベルに合ってない場合は、そのクラスのレベルがご本人には難しすぎる可能性があります。
集団塾でレベルの合わないクラスにいるのは時間とお金の無駄であるばかりか、ご本人の意欲や自尊意識の低下に繋がりますので、速やかにクラスを変えてもらうか退塾することをお勧めします。

2.宿題の量が多すぎる
 生徒さんのライフスタイルは多様です。
 1日あたりの塾や家庭教師の宿題に割ける時間はどれくらいかを聞き取り、何分でどれくらいの量ができそうか見当をつけた上で、日割りで宿題を出すのが望ましいです。
この時大事なのは、無理のない量にすること。
 この教科は1日何ページすべきかも生徒に伝えておきましょう。
 保護者様にも宿題の箇所と共にそれを伝え、協力が得られそうなら毎日声かけやチェックをお願いします(その日の分をしたかどうかのチェック。丸付けまでして頂く必要はありません)。

3.メンタル面
 勉強が心底嫌でたまらない、またはうつ状態などの理由。
 これらは一般の学習塾で対処するのはほぼ不可能です。
 無理に続けるのは状態を悪化させることにもなりかねませんので、(手前味噌ですが)こうした問題を抱えた子どもへの対応に長けた家庭教師に依頼しましょう。
 うつ状態なら治療を優先し(不眠や過眠、生活リズムの大幅な乱れ、食欲不振などが受診の目安になります)、先に精神科(心療内科)を受診した上で、ドクターの助言を基に今後の勉学をどうするかについて考えてもよいかもしれません。

学習塾・家庭教師の留意点

これは全ての学習支援に言えることと思いますが、最も大切なのは、塾や家庭教師に丸投げしないことです。

塾や家庭教師が1教科に割けるのはせいぜい週1回ですから、その本分は自宅学習の支援になります。
一人では勉強の計画が立てられない、計画どおりに進められない、わからない問題があったときにどう調べたらいいかわからない、学校の授業だけでは十分に理解できなかったなどの問題を抱えている時にプロによる学習支援は有効です。

しかしそれはあくまでも日々の学習をより円滑に進めるための支援であり、そこで授業を受けてさえいれば自然に成績が上がるものではありません。
成績向上のために最も大切なのは日々の学習です。

自宅学習をしない(できない)場合、個別指導ならそれを前提に授業を進めることもできなくはありません。
しかしその場合、習ったことを自宅学習で定着させることができないため、その反復学習を授業でせざるを得ません。そうなると必然的に授業で扱える内容は限られてきますから(大抵の場合は基礎の基礎のみになる)、効果は極めて限定的になります。

集団指導塾の留意点

学習塾には集団指導塾と個別指導塾がある。
今回は集団指導塾について書いてみたい。

集団指導塾の場合、学力ごとにクラス分けをしていても、クラス内で生徒間の学力に元から開きがあるのは避けられない。経営の関係上、あまり細分化するわけにはいかないから。

クラス内に成績上位・中位・下位の生徒がいる場合、授業のレベルは上位者に合わせられることが多い。中位の子にはフォローしつつ頑張れば授業についてこられる機会を与え、下位者は放置される。
中位に合わせると上位者は良くて現状維持しかできず、
下位に合わせると授業が簡単すぎてクラス全体のモティベーションに悪影響を及ぼす(聞かなくてもわかる授業は聞く気がしない)。
そうなると塾全体の学力レベルや進学実績に関わる。

特に進学塾の場合、塾全体の学力レベルや進学実績は今後の集客に大きな影響を及ぼす。
だから成績上位者とモティベーションのある一部の中位者を大切にし、彼らを最大限伸ばそうとする。
クラスの士気に関わらない程度にやる気のない中位者と下位者は、塾の経営を支えてくれさえすればそれでよい。

これは少人数指導を謳う学習塾でも変わらない
学力レベルに合った指導ができるのは2名まで、3名以上になると個別指導は成立困難になる。
少人数であっても一斉指導になるなら、授業についてこられない生徒をすくい上げることはまず期待できないと言ってよい。

個別指導塾や家庭教師に比べ、授業料は集団指導塾の方が安い場合が多い。
授業レベルと生徒自身の学力レベルが合っていれば集団指導塾もよいと思う。
特に周囲の影響を受けやすい子なら、クラス全体の士気が高ければ意欲的に勉強するようになることも少なくない。
しかし本人の学力レベルを見定めず、塾の進学実績だけを見て我が子も上位校に入れるかのような夢を抱きつつ入塾させるのは得策とは言えない

家庭教師にはない学習塾の強み

当事業所は家庭教師派遣業ですが、敢えて掲題のテーマで書いてみようと思います。

学習塾の強みは「場所があること」。これに尽きます。
塾によりますが、その生徒の授業時間以外でもいつ来てもよいというサービスを無償で提供している所があります。
そして講師(主に塾長)が手の空いた時に生徒の自習を時々サポートしてくれます。自習課題を持って来なかった生徒には塾が見繕って課題を出してくれます。
自学自習はできても家庭では勉強が捗らない子にはちょうど良いのではないでしょうか。

余談ですが、発達障害の子には集団指導塾は向かないと思います。
集団指導塾では様々な障害特性に応じたきめ細かな指導や配慮は困難ですし、
特に聴覚過敏を持つ子の場合、がやがやした環境は苦手です。
学校のような辛い環境がひとつ増えただけということにもなりかねませんので、塾を選ぶなら個別指導をお勧めします。

個別指導塾にはない家庭教師の強み

話は変わりまして、家庭教師について書いてみたいと思います。

成績を上げたいと思った時、まず思い浮かぶのは塾か家庭教師でしょう。
塾には集団指導型と個別指導型がありますが、多くの方が悩まれるのは、個別指導塾か家庭教師かではないかと思います。
私は両方とも指導経験がありますが、授業の質を重視するなら、家庭教師一択であると断定します。

教える側から言いますと、個別指導塾と家庭教師の最大の違いは、ご家庭と教師が取れるコミュニケーションの質量です。

個別指導塾の場合、保護者様とやり取りをするのは基本的に塾長(教室長)ですが、塾長が生徒を直接教えているわけではないので、塾長は講師からの情報を基に対応することになります。
つまり保護者様から見れば、生徒さんのことを良く知っている講師とは直接話すことができません。現状の詳細を聞くのも、要望を伝えるのも、塾長を通すことになります。

一方、庭教師ですと生徒さんを良く知っている先生と保護者様が直接情報交換でき、その子に合った方針や目標を立てるのがより円滑になります
こまめな対話により、目標がどれくらい達成されたかを家庭教師・保護者様・生徒様と共に検証し、それを授業に反映させられますから、授業の質が向上します。
また、そうした対話によって保護者様の心配や不安を軽減することができます。

こういった点が個別指導塾では不十分なのです。

発達障害との鑑別が必要な障害

発達障害と状態は似ていても鑑別が必要な障害があるので、以下に紹介する。

愛着障害:
主に新生児期~幼児期に、虐待やネグレクト等によって適切な養育を提供されなかったために起きる障害。

高次脳機能障害:
頭部を強くぶつけるなどによる頭部外傷や脳腫瘍、脳梗塞後遺症などによって引き起こされる障害。手術やリハビリによって改善することがある。

愛着障害が発達障害と混同されると、発達障害が親の養育態度によって引き起こされると誤解されて親が責められるであろう。
高次脳機能障害が発達障害と混同されると、治療や症状改善の機会を逸するかもしれない。

発達障害への偏見や否定感を緩和したいがために使われた俗称としての「発達凸凹」が、医学的には本来鑑別されるべき病態にまで広がったことは正確な理解を却って困難にした一面はあると思う。

精神医学用語ではない言葉たち②

HSP(Highly Sensitive Person)とは「極端に感受性の強い人」という意味である。
発達障害の症状のひとつである感覚過敏に加え、敏感で傷つきやすい気質を指している。
子どもの場合は、HSC(Highly Sensitive Child)という。

これらはある心理学者が提唱した概念であるが、診断名ではなく状態につけた名称であり、精神医学では採用されていない。

だからといってこの概念が無益であるとは言えないが、
「私はHSPか発達障害かどちらだろう?」とか「うちの子は発達障害ではなくHSC」などという声が発達障害児者およびその周辺から聞かれるので、
次元の異なる概念を比べてどちらに属するのか考えるのは無意味であると伝えたかった次第である。

精神医学用語ではない言葉たち

発達障害当事者や関係者の間には広く浸透しているが、精神医学用語ではない言葉がある。
例えばギフテッド、アダルトチルドレン(AC)、HSP(またはHSC)、カサンドラ症候群などである。
これらの用語が使われること自体は否定しないが、発達障害当事者や関係者たちの言うことを聞いていると出所不明の用語(上述したのは心理学者から出た言葉ではあるが診断名ではなく、診断名と状態像の違いについては以前触れたが周知されていない)の氾濫が却って彼ら自身、および周囲を混乱させる一因になっているのではないかと思ったのでこの記事を投稿することにした。

ギフテッドとは神に特別な才能を与えられて生まれた者という意味である。
発達障害者の中にはある分野で健常者(定型者)には見られない高い能力を示す人がいるが、そうした可能性のある人たちを指している。
つまりギフテッドとはその人のもつ潜在的能力に対する周囲の評価や願望であり、診断名ではない。

ちなみにネット上で発達障害の子を持つ親御さんが「発達障害ではなくギフテッドです」などと書かれているのを時々目にするが、発達障害の当事者がそれを言うのをあまり見かけない。
我が子の障害をよりよく受け入れるためにギフテッドの概念を使う分には悪くないと思うが、「発達障害とギフテッドの違いは何か?」のような問いを「うつ病と双極性障害の違いは何か?」という問いと同次元で発するのは誤りであるし、無益である。

疾患名と状態像

用語の整理をもう少し進めて参ります。
状態に対して付けた名称を状態像(病因には言及していない)、病因の視点で疾患に付けた名称を疾患名と言います。
例えば前者には「せき」「頭痛」「○○症候群」、後者には結核や脳腫瘍、○○癌などが該当します。

ある病院では自律神経失調症と言われ、別の病院ではうつ病と言われることがあったとしても、それはどちらかが誤診しているわけではありません。
自律神経の失調症状はうつ病患者の多くに発症するからです。