集団指導塾の留意点

学習塾には集団指導塾と個別指導塾がある。
今回は集団指導塾について書いてみたい。

集団指導塾の場合、学力ごとにクラス分けをしていても、クラス内で生徒間の学力に元から開きがあるのは避けられない。経営の関係上、あまり細分化するわけにはいかないから。

クラス内に成績上位・中位・下位の生徒がいる場合、授業のレベルは上位者に合わせられることが多い。中位の子にはフォローしつつ頑張れば授業についてこられる機会を与え、下位者は放置される。
中位に合わせると上位者は良くて現状維持しかできず、
下位に合わせると授業が簡単すぎてクラス全体のモティベーションに悪影響を及ぼす(聞かなくてもわかる授業は聞く気がしない)。
そうなると塾全体の学力レベルや進学実績に関わる。

特に進学塾の場合、塾全体の学力レベルや進学実績は今後の集客に大きな影響を及ぼす。
だから成績上位者とモティベーションのある一部の中位者を大切にし、彼らを最大限伸ばそうとする。
クラスの士気に関わらない程度にやる気のない中位者と下位者は、塾の経営を支えてくれさえすればそれでよい。

これは少人数指導を謳う学習塾でも変わらない
学力レベルに合った指導ができるのは2名まで、3名以上になると個別指導は成立困難になる。
少人数であっても一斉指導になるなら、授業についてこられない生徒をすくい上げることはまず期待できないと言ってよい。

個別指導塾や家庭教師に比べ、授業料は集団指導塾の方が安い場合が多い。
授業レベルと生徒自身の学力レベルが合っていれば集団指導塾もよいと思う。
特に周囲の影響を受けやすい子なら、クラス全体の士気が高ければ意欲的に勉強するようになることも少なくない。
しかし本人の学力レベルを見定めず、塾の進学実績だけを見て我が子も上位校に入れるかのような夢を抱きつつ入塾させるのは得策とは言えない

家庭教師にはない学習塾の強み

当事業所は家庭教師派遣業ですが、敢えて掲題のテーマで書いてみようと思います。

学習塾の強みは「場所があること」。これに尽きます。
塾によりますが、その生徒の授業時間以外でもいつ来てもよいというサービスを無償で提供している所があります。
そして講師(主に塾長)が手の空いた時に生徒の自習を時々サポートしてくれます。自習課題を持って来なかった生徒には塾が見繕って課題を出してくれます。
自学自習はできても家庭では勉強が捗らない子にはちょうど良いのではないでしょうか。

余談ですが、発達障害の子には集団指導塾は向かないと思います。
集団指導塾では様々な障害特性に応じたきめ細かな指導や配慮は困難ですし、
特に聴覚過敏を持つ子の場合、がやがやした環境は苦手です。
学校のような辛い環境がひとつ増えただけということにもなりかねませんので、塾を選ぶなら個別指導をお勧めします。

個別指導塾にはない家庭教師の強み

話は変わりまして、家庭教師について書いてみたいと思います。

成績を上げたいと思った時、まず思い浮かぶのは塾か家庭教師でしょう。
塾には集団指導型と個別指導型がありますが、多くの方が悩まれるのは、個別指導塾か家庭教師かではないかと思います。
私は両方とも指導経験がありますが、授業の質を重視するなら、家庭教師一択であると断定します。

教える側から言いますと、個別指導塾と家庭教師の最大の違いは、ご家庭と教師が取れるコミュニケーションの質量です。

個別指導塾の場合、保護者様とやり取りをするのは基本的に塾長(教室長)ですが、塾長が生徒を直接教えているわけではないので、塾長は講師からの情報を基に対応することになります。
つまり保護者様から見れば、生徒さんのことを良く知っている講師とは直接話すことができません。現状の詳細を聞くのも、要望を伝えるのも、塾長を通すことになります。

一方、庭教師ですと生徒さんを良く知っている先生と保護者様が直接情報交換でき、その子に合った方針や目標を立てるのがより円滑になります
こまめな対話により、目標がどれくらい達成されたかを家庭教師・保護者様・生徒様と共に検証し、それを授業に反映させられますから、授業の質が向上します。
また、そうした対話によって保護者様の心配や不安を軽減することができます。

こういった点が個別指導塾では不十分なのです。

発達障害との鑑別が必要な障害

発達障害と状態は似ていても鑑別が必要な障害があるので、以下に紹介する。

愛着障害:
主に新生児期~幼児期に、虐待やネグレクト等によって適切な養育を提供されなかったために起きる障害。

高次脳機能障害:
頭部を強くぶつけるなどによる頭部外傷や脳腫瘍、脳梗塞後遺症などによって引き起こされる障害。手術やリハビリによって改善することがある。

愛着障害が発達障害と混同されると、発達障害が親の養育態度によって引き起こされると誤解されて親が責められるであろう。
高次脳機能障害が発達障害と混同されると、治療や症状改善の機会を逸するかもしれない。

発達障害への偏見や否定感を緩和したいがために使われた俗称としての「発達凸凹」が、医学的には本来鑑別されるべき病態にまで広がったことは正確な理解を却って困難にした一面はあると思う。

精神医学用語ではない言葉たち②

HSP(Highly Sensitive Person)とは「極端に感受性の強い人」という意味である。
発達障害の症状のひとつである感覚過敏に加え、敏感で傷つきやすい気質を指している。
子どもの場合は、HSC(Highly Sensitive Child)という。

これらはある心理学者が提唱した概念であるが、診断名ではなく状態につけた名称であり、精神医学では採用されていない。

だからといってこの概念が無益であるとは言えないが、
「私はHSPか発達障害かどちらだろう?」とか「うちの子は発達障害ではなくHSC」などという声が発達障害児者およびその周辺から聞かれるので、
次元の異なる概念を比べてどちらに属するのか考えるのは無意味であると伝えたかった次第である。

精神医学用語ではない言葉たち

発達障害当事者や関係者の間には広く浸透しているが、精神医学用語ではない言葉がある。
例えばギフテッド、アダルトチルドレン(AC)、HSP(またはHSC)、カサンドラ症候群などである。
これらの用語が使われること自体は否定しないが、発達障害当事者や関係者たちの言うことを聞いていると出所不明の用語(上述したのは心理学者から出た言葉ではあるが診断名ではなく、診断名と状態像の違いについては以前触れたが周知されていない)の氾濫が却って彼ら自身、および周囲を混乱させる一因になっているのではないかと思ったのでこの記事を投稿することにした。

ギフテッドとは神に特別な才能を与えられて生まれた者という意味である。
発達障害者の中にはある分野で健常者(定型者)には見られない高い能力を示す人がいるが、そうした可能性のある人たちを指している。
つまりギフテッドとはその人のもつ潜在的能力に対する周囲の評価や願望であり、診断名ではない。

ちなみにネット上で発達障害の子を持つ親御さんが「発達障害ではなくギフテッドです」などと書かれているのを時々目にするが、発達障害の当事者がそれを言うのをあまり見かけない。
我が子の障害をよりよく受け入れるためにギフテッドの概念を使う分には悪くないと思うが、「発達障害とギフテッドの違いは何か?」のような問いを「うつ病と双極性障害の違いは何か?」という問いと同次元で発するのは誤りであるし、無益である。

疾患名と状態像

用語の整理をもう少し進めて参ります。
状態に対して付けた名称を状態像(病因には言及していない)、病因の視点で疾患に付けた名称を疾患名と言います。
例えば前者には「せき」「頭痛」「○○症候群」、後者には結核や脳腫瘍、○○癌などが該当します。

ある病院では自律神経失調症と言われ、別の病院ではうつ病と言われることがあったとしても、それはどちらかが誤診しているわけではありません。
自律神経の失調症状はうつ病患者の多くに発症するからです。

発達障害と境界性パーソナリティ障害

境界性パーソナリティ障害(境界性人格障害)という概念は解体を検討すべきではないかとの声が専門家から挙がっています
他者への理想化とこき下ろしを繰り返すなどによって(例えば他者を理想化して現実離れした欲求を抱き、叶えられないと最低な人だと言って罵るなど)、激しい感情のもつれに他者を巻き込むのが彼らの特徴であるなどと言われています。

しかし境界性パーソナリティ障害と診断された人たちの中には、双極性障害Ⅱ型や複雑性PTSDの人が相当数いることがわかってきました
基本的にパーソナリティ障害は薬物療法では治せないと言われていますが、双極性障害Ⅱ型なら薬物療法で安定します。
正しく診断されないことによって適切な医療が受けられないのは非常に残念です

彼らはなぜ誤診されたのでしょうか?
それは治療者の陰性感情(悪感情)です。
0か100か、白か黒かしかない二極思考、激しい行動化、治療者に理想化とこき下ろしを繰り返す、(診療時間等の)規則が曖昧なら混乱する等の特性によって治療者に陰性感情が生じ、治療が難しいと判断されれば「境界性パーソナリティ障害」と診断されてしまうということです。

基本的にパーソナリティ障害は薬物療法の対象外であり、カウンセリングでも対応がかなり難しい病理であると言われています。
(最近は認知行動療法やマインドフルネスなどが試みられ、エビデンスも出ています)
薬物療法でもカウンセリングでも対応が難しい。つまりこれなら治せなくても仕方がないという言い訳として「境界性パーソナリティ障害」が用いられていたということです。
しかも治療者に生じる陰性感情を患者の特性のせいにできる上に、自分には対応困難だと言って体(てい)よく排斥する理由にもできてしまいます
そして一度「境界性パーソナリティ障害」の診断がつけば他の医療機関でもなかなか診てもらえないという話も聞き及びます。(とにかく扱いが難しいと思われているので)

今日、発達障害(特にASDの女性)も境界性パーソナリティ障害と診断される例があることがわかってきました。
治療者の陰性感情をかき立てるし薬物療法の対象ではないから診たくない、受け入れ体制がないからという口実で、体よく診療を断られるのが境界性パーソナリティ障害から発達障害になるなら非常に残念なことだと思います。

人間関係は相互的なものです。
治療者(支援者)に起きる陰性感情を患者(クライエント)だけのせいにするのを診断名というレッテルで正当化する姿勢を支援者は意識化し、反省すべきだと思います。

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発達障害とパーソナリティ障害

パーソナリティ障害は状態に対して付けた名称、 発達障害は本質に対して付けた名称です。
例えるなら前者が頭痛や咳(症状や状態の総称)、後者が結核や脳腫瘍のようなものです。
また、パーソナリティ障害は後天性で脳器質上の病理ではなく、発達障害は先天的な脳器質上の特性です。

パーソナリティ障害という概念は発達障害が発見される以前からありました。
そのため以前ならスキゾイドパーソナリティ障害として捉えられていた人たちの相当数が、実は自閉症スペクトラム(ASD)だったのかもしれません。

 

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発達障害の概念の整理

2013年、診断基準(DSM)が改定され、発達障害の概念が再編されたため、様々な用語(概念)が聞かれるようになりましたので、少し整理します。

ADHDは、注意欠如多動性障害です。以前は注意欠陥多動性障害と呼んでいましたが、中身は同じです。
ADDは、ADHDのH、つまりhyperactiveが抜けたもので、多動がなく不注意優勢型です。
「片づけられない女たち」には主にこのタイプの女性のことが記載されています。

自閉症性障害は知的障害を伴う自閉症ですが、アスペルガー症候群・高機能自閉症・広汎性発達障害には知的障害は伴いません。
改定後の診断基準ではこれら4つが「自閉症スペクトラム障害(ASD)」としてまとめられました。

学習障害(LD)は、新診断基準(DSM5)では「限局性学習障害(SLD)」と記載されています。
ディスレクシア(読み書き障害)・ディスカリキュア(算数障害)はこのカテゴリーに入ります。

発達障害は主に、普段の行動観察や主訴(主な困りごと)、自閉症スペクトラム指数を測定する質問紙(AQ-J)やADHD傾向を測る質問紙(CAARS)、知能検査(WISC・WAIS等)などを基準に診断されます。
発達障害の人の知能検査結果は、ひどく苦手な部分と得意な部分が顕著に出ます。
発達障害が俗に「発達凸凹」と言われるのはこのためです。

そのため、彼らにはその発達特性に見合った教育が必要です。
(教育現場における合理的配慮の必要性)

彼らはいじめを受けて二次障害を発症したり、不登校になることもあります。
無理な登校刺激で再登校を目指すよりも、よりよい学習環境を用意することが大切です。

*本文の無断転載を禁じます。